『ドラゴンボール』や『Dr.スランプ』を生み出した漫画家・鳥山明さんは、世界中のファンから愛される一方で、その年収の規模も桁違いだったことで知られています。生前には都市伝説のようなエピソードも語られ、天才漫画家ならではの伝説が数多く残っています。この記事では、鳥山明の推定年収や生涯年収といったお金の部分から、思わずクスッとしてしまう生前の伝説エピソードまで、鳥山明がどれだけすごかったのかを、できる限り分かりやすくまとめてみました。
鳥山明の年収がすごい理由
鳥山明の年収が桁違いと言われる理由には、漫画の印税だけでなく、アニメ・映画・ゲーム・グッズなど多方面からの収入が長年にわたって続いたことがあります。特に『ドラゴンボール』は世界的なコンテンツに成長し、連載終了後もアニメシリーズやゲーム、新作映画などが次々に展開されたため、安定した高額収入が続いたと考えられています。
また『Dr.スランプ』のヒットに加えて、『ドラゴンボール』以前からゲーム『ドラゴンクエスト』シリーズのキャラクターデザインなども手がけており、複数の大ヒット作品が同時進行していた時期もありました。こうした複数の収入源が重なった結果、鳥山明の年収は漫画家という枠を超えた規模になっていったようです。
全盛期の推定年収と平均年収
全盛期の推定年収は、もっとも高い年でおよそ16億円前後、1987年~2005年の平均年収は約7円と推定されています。
中でも、2003年頃は『ドラゴンボールZ』関連のゲームソフトが次々と発売された年で、その印税が大きく影響していると言われています。推定とはいえ、1年で10億円を超える可能性があったと考えると、鳥山明の年収がすごいと言われるのも納得のスケールですよね。
印税と生涯年収・総資産の規模は?
鳥山明の年収の源泉となっているのが、漫画単行本やアニメ、映画、ゲームなどから入る印税収入です。特に『ドラゴンボール』の印税収入だけで、累計125億円以上という、推定だけでもとんでもない額に達しているとされています。単行本・アニメ・映画・ゲームなどの売上をトータルすると、シリーズ全体の売上は2兆円を超える規模とされるとも言われています。こうした収入を踏まえた生涯年収・総資産は、235億円前後という試算もあります。
もちろん、これらはあくまで推定であり、正確な数字が公表されているわけではありません。ただ、世界的ヒットコンテンツを複数抱えていることを考えると、かなり説得力があるといえるでしょう。
晩年の年収と現在も続く収入
連載漫画としては『ドラゴンボール』本編が1995年に完結していますが、その後もアニメシリーズや映画、新作ゲームなど『ドラゴンボール』関連の新作は途切れることなく発表され続けました。そのため、晩年になっても鳥山明の年収は高水準を保っていたと見られています。
とあるサイトでは、2023年の推定年収が約14億8000万円と紹介されており、連載をほとんどしていないにもかかわらず、版権ビジネスや印税によって、現役時代に近いレベルの年収が維持されていたといわれています。さらに、著作権は没後も一定期間続くため、今後も『ドラゴンボール』などの著作物からの収入は、遺族や関係者にとって大きな柱であり続けると考えられています。
鳥山明の遺産と著作権の行方
鳥山明は2024年3月1日に急性硬膜下血腫のため68歳で亡くなり、その遺産の総額については公式には公表されていません。ただ、先ほど触れた生涯年収の規模を踏まえると、莫大な額の遺産となっている可能性が高いと、多くの専門家が推測しています。
相続についても、これまでに報じられている家族構成から、妻と3人の子どもが法定相続人になると見られています。著作権は創作から70年続くため、著作権そのものを遺族が相続するのか、それとも財団などを設立して管理していくのかわかりませんが、いずれにしても、『Dr.スランプ』や『ドラゴンボール』といった作品は、これからも世界中で読み継がれ、結果として鳥山明の年収に相当する利益を生み出し続けていくことでしょう。
鳥山明の意外な生活スタイル
鳥山明の年収の規模がいかにすごいか見てきましたが、ご本人の生活スタイルは、いわゆる派手なお金持ちというイメージとは少し違っていたようです。インタビューやエピソードを読むと、愛知県の自宅兼仕事場で淡々と仕事を続ける職人気質な一面が強く、都会に出て豪遊するタイプではなかったと語られています。
また、車やメカが大好きで、趣味として凝ったデザインの車に乗ったり、模型やデザイン関連の遊びにお金を使っていたという話もあり、お金よりも好きなものを描き続けることを大事にしていたのでしょう。こうしたシンプルな生活スタイルだからこそ、膨大な年収や総資産がそのまま積み上がっていったのかもしれません。
怒鳴ったりキレたりするところをほぼ見たことがないという声が多くあり、大ヒット作を生み出す漫画家となっても、驕らず穏やかな人だったのでしょう。同業者の桂正和とは40年以上の親友で、「桂君の方が才能あるよ」と本気で言ってしまうくらい、どこか自己評価が低くて控えめな一面もあったそうです。
出典元:筋斗雲チャンネル
鳥山明の伝説エピソード
鳥山明には、伝説エピソードもいくつか語られています。その中でも有名なのが、いわゆる「鳥山ロード」と呼ばれる話でしょう。
鳥山明が愛知県から東京へ引っ越すことを検討した際、鳥山明の納税額があまりに大きかったため、自治体が引っ越しされるのは困ると考え、自宅から名古屋空港(現在の小牧空港)まで原稿をすぐ届けられるよう、近くに一直線の道路を整備したという逸話です。
創作として「鳥山ロード」を描いた短編エッセイでも、「このお話はフィクションです」と明言された上で、清須市議会が専用道路を決めた、というネタが語られています。いわゆる都市伝説的なエピソードとも言えますが、自治体が引き止めたくなるほど納税していた漫画家というのは真実で、鳥山明の年収・納税額がケタ違いだったことを象徴しているエピソードと言えます。
天才ぶりが伝わる創作エピソード
創作面での伝説エピソードも外せません。デビューは「タバコ代が欲しかった」ことがきっかけで新人賞に応募したことだと言われています。当時23歳で、ほとんど初めて本格的に漫画を描いたにもかかわらず、短期間で人気作家になってしまうという、天才ぶりの伝わるエピソードです。
『Dr.スランプ』の連載初期は、ほぼ一晩で原稿を仕上げることもあったと言われていますが、アシスタントをたくさん雇わず、長いキャリア全体で通算2人だけだったと伝えられています。世界的ヒット作をあれほど生み出しているのにも関わらず、常に現場には鳥山明+アシスタント1人で、しかも週に1日だけ来てもらう形だったそうで、背景やベタ、トーン処理などもかなりの部分を自分でこなし、カラー原稿やデザイン仕事まで抱えていたという超人的なエピソートともいえます。
まとめ
鳥山明の年収は、全盛期には推定10億円を超え、日本を代表するレベルの高額ぶりでした。『ドラゴンボール』や『Dr.スランプ』の印税に加え、アニメ・映画・ゲーム・グッズなど多方面からの収入が積み重なり、推定生涯年収や総資産は200億円を超えるという説もあります。納税伝説の「鳥山ロード」や超人的エピソードもある一方で、どこか親しみやすい人柄を感じさせるエピソードも多く、作品だけでなく愛される人だったことが想像できますね。鳥山明死後これからも、彼の生み出したキャラクターは世界中で私たちを楽しませてくれるでしょう。









